(6) make the tea (Howards End, 1910, 冠詞) 2017/03/15 14:39

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「お茶を作って(沸かして)よ」とお願いするときに、通常なら Make tea. とか Make some tea. と言いそうなもんだ。それを Make ★the★ tea. と言っている場面に出っくわした。いま読んでいる小説の中で出てきたのだ。

"But you've never conceivably--you've never--" She pulled herself together. "Tibby, hurry up through; I can't hold this gate indefinitely. Aunt Juley! I say, Aunt Juley, ★make the tea★, will you, and Frieda; we've got to talk houses, and I'll come on afterwards." And then, turning her face to her sister's, she burst into tears.

E.M. Forster, "Howards End" (1910), Chapter 19
http://www.gutenberg.org/files/2891/2891-h/2891-h.htm

この場面では、the Schegel sisters の一人である Margaret が電車で遠くから帰ってきたのを弟の Tibby が pony cart で迎えに行ったのだが、二人がそれに乗って帰ってきた。帰ってきたばかりの姉 Margaret を戸口で迎える Helen が、Aunt Juley に対して「お茶を作って(沸かして)よ」と言っているのだ。そのときに Make tea. でもないし Make some tea. でもなく、Make ★the★ tea. と言っている。なぜか?

僕が思うには、姉の Margaret が帰ってきたらすぐにお茶を Aunt Juley が沸かし始めるという手筈になっていたはずなのだ。「おばさんが作る手筈になっている例のお茶を、いま沸かしてよ」という意味だからこそ、the という定冠詞を付けているのだと思う。

このように、a とか the とか単数複数の問題というものは、短い例文ばかりを読んでもその微妙な使い方がなかなか会得できない。新聞雑誌の短い記事でも無理な場合が多い。やはり何百ページも続くような小説をいろいろと読んでいるうちに、このような冠詞の微妙な使い方とその意味合いが分かってくる場合が多いと思う。英文で小説を読むことにはいろんな意味があるけど、こういうことのためにも役立つのだ。

なお、ネイティブとどんどんしゃべったり、あるいは映画やドラマを見ても冠詞や単数複数の使い方が習得できるはずだと言いたくなるが、そうもいかないように思う。

というのも、しゃべっているときには日本人でも母国語をいい加減にしゃべるときが多いのと同じで、英語ネイティブでも雑にしゃべってしまっていることが多いと思う。さらには、早口でしゃべると、音と音との谷間に挟まった冠詞や単数複数の区別が聞こえにくくなったり、ネイティブ自身も最初から冠詞を省いて発音してしまっていることも多い。

会話においては、文頭に来た冠詞(a や the)を最初から発音していないことが多いのは、よく知られていることだ。だからこそ、映画などのシナリオを読んでいても、あるいは小説の中での会話文を読んでいても、そのような省略された冠詞を、小説の中での表記においても省略しているときが多い。

せっかくの文学小説なのだから、筋を追っかけ、文章の美しさを堪能したいのだけど、そういうことをやっているときも確かにあるが、今回のように重箱の隅をほじくるがごとく、冠詞の使い方など、実に細かいことを気にしながら読んでいることも多い。そういうときには、なかなか小説を読み進められない。たったの数百ページのものでも、実に長い期間をかけないと読み終われなかったりする。

ブラボー(5

コメント (9)

上海bang
上海bang
2017/03/15 20:36
なるほど。この間、英語求道士さんの日記にはりつけてあった文法の解説書読んでいて、同じようなことを学びました。「冠詞は話者の主観で決まる」
OED Loves Me Not
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2017/03/16 10:52
求道士さんが紹介してくれた文法の解説サイトは、僕も読みました。ただ僕は、あそこで書いている解説者は大げさに言っているだけで、昔からわかっていることをあたかも新しく誰かが発見したことであるかのように言っているだけだと思いました。しかも読者に大きく誤解させることもありえます。
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OED Loves Me Not
2017/03/16 11:04
知らない人もいるかもしれないので、冠詞に関する「トイグル」サイトを紹介してくれた求道士さんの日記へのリンクをここに貼り付けておきます。

「名詞に可算・不可算の区分は存在しない」(トイグルより)
http://alcom.alc.co.jp/users/128154/diary/show/410946

上記の日記のコメント欄には、僕も「トイグル」に関する感想を長々と書いておきました。
上海bang
上海bang
2017/03/16 13:42
なるほど、OEDさんのコメント拝見させていただきました。
それで思い出したのですが僕は、「鉄板○○」、「TOEIC満点○○」・・・という神がかり的な形容詞をつけた、英語のノウハウ本が大嫌いです。
それでTOEICも嫌いになって、受けたことがありませんでした。定年後退職することを決意して、履歴書に書くために、2年前に初めて受けました。
清貧に生きるOEDさんは、今では化石のような存在ですね。僕も真似できません。
OED Loves Me Not
OED Loves Me Not
2017/03/16 13:55
ほう、上海さんもそういうものがお嫌いでしたか。企業社会で生きるにあたっては、それを嫌っていたら立場が悪くなって大変だったでしょう。

それにしても今の世の中は、上っ面の効率と利益ばかりを近視眼的に追いかけまわしてばかりいるので、苛立たしいです。ますます近道や王道ばかりを探し回る人々が大手を振って歩くようになりました。
上海bang
上海bang
2017/03/16 18:23
思想的には大嫌いですが、僕も単なるサラリーマンなので、そういう世界と共存してきました。でも、僕の場合は30代半ばから海外で事業の立ち上げばかりやってきたので、出世だけを考える上向き思考の輩とは、一線を画すことができました。去年の8月に「上海の思い出II」(10話)で、上海で新事業を立ち上げた当時のことを書き記しました。ご興味があれば読んでみてください(OEDさんにはつまらない世界の話かもしれませんが・・・)。
OED Loves Me Not
OED Loves Me Not
2017/03/16 18:45
上海さんのお書きになる日記は、9か月くらい前に入会した時からずっと読んできましたよ。すべてをきちんと理解しているわけではないですけど、おおざっぱながらも読んできました。中国でたった一人で9年も奮闘し、中国の人々を豊かにしてあげようという優しい気持ちをもって頑張ってこられたというお話を印象深く覚えております。
上海bang
上海bang
2017/03/17 10:44
日記に書こうと思っているテーマがあります。一言で言うと、「教育というのは、金儲けよりも、理想や理念が先立たなければならない」ということです。「鉄板○○」や「TOEIC満点○○」が先立ってはいけないのです。結果、「TOEICで英語を勉強する」という学生が増えてきています。嘆かわしいです。

もう1つ苦言をもっています。「英語での授業を増やせば、英語力が向上する」と思っている輩が多いです。言葉は重要ですが、「英語を通して何をするのか?」が大事です。もっと真剣に考えるべきテーマと思っています。
OED Loves Me Not
OED Loves Me Not
2017/03/17 10:54
まったく上海さんのおっしゃる通りです。
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